夏季休暇のお知らせ

お客様各位

平素は格別なるご引き立てご高配を賜り厚く御礼申し上げます。さて、弊社では 誠に勝手ながら事務所の夏期休暇につきまして、下記日程にて実施させていただきます。休暇中は何かとご不便をおかけし大変ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご了承の程よろしくお願い申し上げます。

2015年8月13日(木)〜2015年8月15日(金)

※なお、休暇中のお問い合わせに関しましては、休暇後の対応となる事がございます。

新年のご挨拶

〜謹賀新年〜

昨年は格別 の御厚情を賜り、厚く御礼を申し上げます。
本年も社員一同、皆様にご満足頂けるサービスを心がける所存でございますので、 何とぞ昨年同様のご愛顧を賜わりますよう、お願い申し上げます。
皆様のご健勝と益々のご発展を心よりお祈り致します。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

平成二十七年 一月

追悼

皆様またまたご無沙汰してしまいました。如何お過ごしですか?
漆澤でございます。

今年に入って初めての更新です。というのも
本来であれば今年の目標をブログに掲げると共に
復旧・復興に向けてまだ先の見えない東日本大震災の記憶
を風化させぬ為にもブログを更新しようと考えていたところでしたが
今年のはじめ、正月気分からやっと覚めてきたころ、弊社の社員(仲間)が
思いもよらない死を迎えてしまいそのショックから立ち直るために
些かの時間を費やしてしまいました。

彼は1月26日(日)に国立競技場をスタートする形で行われたマラソン大会に参加している最中に心肺停止で倒れてしまいました。
弊社の関係者から事故があった旨の連絡をうけて病院に駆けつけると、
くも膜下出血の影響で意識が無い状態が続いており、予断を許さない状況であると関係者から聞き頭の中が真っ白になった事を覚えています。
彼はそのまま回復することなく、事故から5日後の1月31日に
眠るように息を引き取りました。

彼とは私がまだ現場で働いていた時、彼が19歳の時から上司、部下の
関係で既に25年の付き合いでした。当時の楽しかった記憶が
昨日の事のように思い出されます。

最近ではちょっと太めの自分の体型を気にしていて、食事制限と
軽い運動を続けており明らかにスリムになってきた矢先の出来事でした。
煙草を止めることができていればあるいは、、なんてことも思い浮かびます。

原因を挙げて行けば限が無いないのでしょうが、
これがもし天命であったとしても切なすぎるし諦められない気持ちで一杯になります。さらにご両親やご家族の悲しみを考えると胸が締め付けられる思いです。

葬儀は雪の降る非常に寒い中しめやかに執り行われました。
お客様からも彼の仕事ぶりや人柄が信頼され愛されていた事は
葬儀・告別式へのご参列の方の多さや、その方々の悲しんでいる
姿を見ると一目瞭然でした。

私たちは本当に彼の事を大好きでした。

そしてこれからも彼を忘れる事はありません。
本当に人生とは儚いものですね。

彼の為にもこれからのユーベストをより一層素晴らしい
会社にして行く覚悟が強くなりました。

今まで本当にありがとう。
安らかにお眠り下さい。

震災から1年

漆澤でございます。
皆様、如何お過ごしでしょうか?ちょっと時間が経ちましたが
早いもので2011年3月11日あの東日本大震災から一年が過ぎました。

2012年3月11日は、各局で朝から追悼番組が放送されていましたがどのテレビ番組を見てもいまだ進まぬ原発処理・賠償問題、瓦礫撤去の問題、行方不明者(2012年3月6日現在:3,272名)の捜索問題等、
政治家の無能・無策ぶりや自分自身の無力さを痛感しながら報道を見ていると、だんだんと具合が悪くなってきました。ただご病気をおして追悼セレモニーにご列席されていた天皇皇后両陛下には心打たれました。やはり、ただ出席しているだけの政治家とは伝わってくるものが全然違うなものだと感じさせられました。

どれも深刻な問題ですが瓦礫撤去においては被災した各県全部を含め、いまだに単なる山積みの状態で10%に満たない瓦礫しか処理できていないとの事です。
各県ももっと放射線量が基準を満たしている瓦礫であれば積極的に受け入れて欲しいものです。一年が経ってこの様な状態で復旧、復興は、夢のまた夢の様に感じられるのは私だけでしょうか?

聞くところによれば横浜の山下公園は関東大震災の瓦礫を埋め立てられて作られたそうですが、無駄な公共事業にお金を費やす位なら、まだまだ埋め立て可能な地域に第二、第三の山下公園のようなものをを造って頂きたいものです。

私事ではありますが、先日義姉から連絡があり津波で流されてしまった福島県相馬市浜通りの自宅から高台に土地を購入して家を建てるとの連絡が有りました。

「お父さん(故:義兄)が少しお金を残してくれたからね」
「6月中には建つから遊びに来なさい...」

電話口の表情は分かりませんが毎日々確実に力強く復興に向けて頑張っているのだなと思いました。

被災された皆様があの震災から本当の意味で“復興者”へとなられる事を心より祈っております。

追悼  ホイットニーヒューストン

皆様どうも、漆澤でございます。
二月になって日中の陽射しは暖かですが、それでも夜になるとまだまだ冷え込み厳しいこのごろ。

巷ではインフルエンザが猛威を振るっております。私も自宅や事務所での手洗いうがいは欠かせません。こればかりは予防しかすべがなく、ともあれ冬もあとすこしなんとか無事に乗り切らねばと思っております。

ところで、先日のホイットニー・ヒューストンの突然の訃報、皆様もさぞや驚かれたと思います。

洋楽に凝った青年期でございましたので、もちろんホイットニーもよく聞きました。個人的にある意味同年代の歌手です。そうなると親近感も湧くもので、

いまさらに自分の年齢を思い知らされましたし、それにしても48歳とはあまりに若すぎる死に対して残念な思いで一杯です。

まだ死因が特定されていない時でしたがドナ・サマー同様あまりいい噂を聞いていなかった事もあり、頭を過ったのは薬物でした。ともあれ今は追悼の気持ちでいっぱいです。

ホイットニーが亡くなった次の日、彼女の曲を聴きながら思い出に浸りたくて大久保にある行きつけのSoulBarに立ち寄りました。

話題はホイットニー一色で衝撃の大きさを改めて感じさせられました。マスターも「今日はホイットニーの追悼ですね・・・」と言いながら彼女の“ネタ”が続く限り「一曲でも多く皆さんに聴いて頂きますね」と嬉しい一言を頂き、久しぶりにジンリッキーを片手に何も話さず聞き入っていました。

唐突にマスターが「死因は、やっぱり薬物ですかね?・・・」とポツリ。
事実はまだ分かりませんが私もそう思います。ボビー・ブラウンと結婚さえしなければと!本当に悔やまれますね・・。

報道によると、去る18日故郷のニュージャージーの教会で葬儀が行われましたが、そこに無理やり元夫のボビー・ブラウンが「葬儀に参列させろ!」「娘に会わせろ!」などとひと悶着あった様です。彼女の財産でも狙っているのかな等と邪推すると、怒りがこみ上げてくると共に本当に空気を読んでほしいと考えてしまいます。

2009年の「キング・オブ・ポップ」マイケル・ジャクソンの死に続き「クイーン・オブ・ソウル」ともいうべきホイットニー・ヒューストンの死を受け入れ思い出に浸った一時でした。

#35 Ron zacapa

皆様御無沙汰しております、漆澤でございます。やはり歳の瀬はなにかと雑事も多く、また日ごろからお世話になっている方々に今一度御挨拶をしてから年を越そうとバタバタとしておりましたらすっかり筆不精になっておりました。

いろいろとあったこの一年、決して笑って年を越せるものではありませんが、それでも来年をよりよい年にしたいと思い、社員一同頑張ってまいりますので皆様お付き合いのほどよろしくお願いします。

大みそかに向けて街はにぎやかで、私も今年の酒の飲み納めと思い、いつものバーにやってまいりました。年齢を重ねるにつれてやはり酒にも弱くなったのか、最近は馴染みのバーテンダー氏にも「薄めに作ってね」と一言添える始末。冬の夜、クリスマスは大寒波で今年は珍しく寒さの厳しい年末です。

さかぱ

 今日はラム酒を頂きました。ロン・サカパ・センテナリオという中米グァテマラのラムの23年物。肩を縮めて入ってきた私への気遣いなのか、お湯割りで頂きました。

 甘やかなサトウキビの香り、やわらかなのど越しが心地よく、何となく力が出た気がします。シナモンのスティックで少し混ぜると、独特の香りが加わって、冬の夜のホットカクテルです。

 よいお年を。。と、もうこの挨拶を毎年何度となく交わしてきました。こうして私の一年は暮れてゆきます。

 先の大震災の被災地の方々に心よりお見舞いを、そして新しく来る一年が、実りある素晴らしいものであることを祈念致しまして、今年の筆を置きたいと思います。

 それでは皆様、よいお年を。来年もまた、よろしくお願いいたします。

酉の市2011

酉の市の置物2011年

皆様どうも漆澤でございます。今年も早いもので残す所一ヶ月を切ってしまいました。やっと冷え込みも厳しくなり冬らしい季節になってまいりました。先月10月はこのブログでも毎年恒例の新宿花園神社の酉の市に行ってまいりました。今年は「三の酉」までございましてもちろんすべてに皆勤賞。ちなみに何故だか分りませんが三の酉まである年は昔から火事が多い年と言われています。

花園神社では、この日ばかりは不況とは無縁の混み様で久しぶりに活気が溢れていました。「商売繁盛」を祈念してお参りを済ませた後、なじみの屋台にふと入ってみると、ちょうど樽酒の鏡割りの真っ最中で振る舞い酒と称して升酒を御馳走して頂きました。まだ食事前とあって五臓六腑にしみわたりました。お客様も社員も「一杯目が日本酒だときっいね〜」と言いながら一気に飲み干して二杯目をオーダーする始末。

今年も「モツ煮込み」をつまみに飲んでいると社員が変わったつまみが有りますよと「鳥皮餃子」。これがなかなかいける珍味で益々酒のペースが早くなってしまいあっと言う間にほろ酔い気分になってしまいました。

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福島県相馬市にて その後

漆澤でございます。
皆様、9月の連休は如何お過ごしでしょうか?

私は、3月11日の東日本大震災の傷がいまだなお癒えぬ中、
お墓の修復が終ったためゴールデンウィークに続き福島県相馬市の「浜通り」に義兄の納骨に行ってまいりました。

今回は、新幹線で仙台駅で乗り継ぎ常磐線の亘理まで。
相馬駅までは幾つかの駅が津波に流されて復旧の目処すら経っていないため宮城県の亘理駅まで義姉に車で迎えに来てもらいました。

亘理から相馬に向かう途中までも道路が未だに修復されていない個所が幾つかあるため所々に「減速」のプラカードを持った道路工事の人たちが立って注意を呼び掛けていました。
浜通りに近づくにつれ、津波で流された街の瓦礫は徐々にですが撤去されてきましたが被災した至る所で生い茂る雑草が街の痕跡を消し去ろうとしているかのようで不気味に感じました。

「想定外」の大震災と大津波に原発事故との三重苦に見舞われながらも新たな一歩を踏み出そうと義姉を含め本当に我慢強く被災者の方々は、健気に頑張って居られます。そこにきて政治家の無能、無策、無責任ぶりが加わった「四重苦」に腹が立ってしょうがありません。

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福島県相馬市にて

漆澤でございます。
皆様、ゴールデンウィークは如何お過ごしになりましたでしょうか?

私は今回の東日本大震災で津波に飲みこまれ亡くなった義兄の四十九日法要のために福島県相馬市の「浜通り」に家内と二人で行ってまいりました。

29日の金曜日の朝9時に東京を出発して一路「浜通り」を目指しました。
常磐道が未だに原発の影響などで寸断されているため、東北自動車道から福島を目指しました。途中何台もの自衛隊の災害派遣トラックを横目に見ながら福島西インターで高速を下り、115号線を相馬市のほうに向かい西方向へ。結局「浜通り」近くのホテルに着いたのがすでに20時を回ったところでした。

震災による道路の亀裂と道路上に照明がない個所が途中幾つもあるために速度規制があり、普段なら6時間足らずで着く所を実に11時間を要してしまいました。

道中疲れを感じながらもまだ「浜通り」に着いて欲しくないと言う気持ちが私と家内の二人にあり、今回の震災で自宅を津波に流された義姉に何と声を掛けて良いか?その気持ちだけでいっぱいでした。

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漆澤でございます。
何やらバタバタとしているうちにもう4月になりました。先だっての東日本の震災から今日でちょうど一か月が経ちました。被災者の方々には心よりお見舞い申し上げます。

言い訳になりますが年度末の慌ただしさに筆が進まず、加えてのこの震災、久々の更新となりました。

東京の桜は満開となり、営業などの行く先至る所で艶やかな華をたわわに咲かせた桜を眺めます。

例年ならば、桜を肴に一杯という気持ちにもなり、帰りがけにひとつ足を延ばして桜見物とも思うのですが、未だ電気やガスのライフラインの供給もままならない被災者の方々の生活を思うとなかなかそんな気分にならない状況です。

とはいえ、このまま我々も沈滞ムードを続ければ日本経済そのものが立ち行かなくなります。そのためにも、我々被害の少なかった者が1日1日を大切に過ごさなければならないのではないかと考えております。

お客様先からの帰りに、行きつけのバーの扉をあけると、小振りな桜の花枝が出迎えてくれました。花見を自重する皆様へのバーテンダー君の気遣いなのでしょう。この桜を見ながら、ジン・ト二ックでも一杯頂いて今年の花見といたしましょう。

関東に続き東北でもそろそろ桜の咲く時期になります。日本の心とも言える桜の花が被災者の皆様、また現地で復興に携わる皆様の心の支えとなる事を、心よりお祈りしております。